2007年07月12日

20 イエス・キリストの再臨


 昇天されたイエス・キリストはやがて再びこの地上に来られます。これを「再臨」と言います。「使徒信条」では「かしこより来たりて」と告白します。十字架の死を目前にしておられたイエスは、弟子たちに向かって次のように語られました。

 あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。…あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。(ヨハネ14:1-3)

 この「場所」は「マンション、家」を意味する言葉です。イエスを信じる私たちが永遠を過ごす「場所」のことで、天国の豊かさを表わしています。イエスはそれを「備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます」と約束してくださったのです。何にも妨げられることなく、父なる神と御子イエス・キリストとの交わりを持ち、その満ち満ちた豊かさを楽しむことができる、これこそ聖書が教えている真の幸せです。その時が必ず来るのです。

 その約束を信じて、私たちはこの地上を「旅人、寄留者」として歩んでいます(ヘブル11:13)。様々な苦しみや悲しみ、罪の誘惑など、私たちが「心を騒がして」しまうような場面がたくさんありますが、それでもその約束のゆえに希望を持って前に進んで行きます。イエスの完ぺきなとりなしに支えられていますので、悔い改めができないほどに堕落したり、一歩も進めなくなるほどに行き詰まったりすることはありません。時には軽やかに、時には忍耐を働かせて、栄光に満ちたゴール、真の幸せを目指してひたすら歩みを進めて行くのです。それがクリスチャンです!

 それでは再臨の時はいつなのでしょうか。イエスはただ「あなたがたに場所を備えたら」と言われました。その時は決め手となる前ぶれもなく突然訪れます。ですから、私たちはいつも備えておきましょう。二千年ほど前の、聖書に出てくるクリスチャンたちも、そのような緊迫感を持って生きていました。二千年前の人々も…!です。しかし、それは決して非日常的な生活を意味してはいません。使徒パウロが「目をさまして、慎み深くしていましょう。…今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい」(1テサロニケ5:6-11)と命じている通りです。彼らは再臨の前に、地上での使命を終えて天に召されたわけですが、私たちも彼らのように切に再臨を待ち望み、「今」を充実させていきましょう!
 
posted by 船橋中央教会 at 13:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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